モズグス様フォーエヴァー ニーナの冒険

さて、いよいよニーナさんの話です。難民街で娼婦をやり、性病に冒された可哀想な娘。個人的に「生誕祭の章」は実はこの娘の物語がかなり主格に近いと思っています。ひたすら死を恐れ、怯える以外、何の主体も持ち得ないキャラのため、結局、これといった劇的展開も、核心へのアプローチもできなかった娘ですが、それ故に、目線を向け描こうとしなければ、描く必要のないキャラなのです。しかし、それでも描いている。
まず、情けなさの目立つ大冒険ぶりを下に羅列してみます。

  • 新興宗教にハマり、話について来れなかった恋人のヨアヒムを崖から突き落とす。
  • それをルカに見られて「ホントはあんたが気に入らなかった!」と自分の心象を暴露するが、尻を叩かれて、泣きながら屈辱のポジションに戻る。
  • キャスカを匿ったままだと、いつか自分も捕まると考え「捨ててこよう」とルカ姉さんに意見して、後で自分の卑小さを思い知って泣く。
  • 邪教徒狩りに連れていかれたぺぺをルカが助けに行くが、かえってここへ邪教徒狩りを連れて来るんじゃないかと怯え、その場から逃げ出す。先の反省からキャスカを見捨てて行くのはよそうと思い、彼女も連れて行く。
  • しかし、それが裏目に出て、邪教徒たちに捕まり、“魔女”を独り占めにしようとした疑いで生贄にされそうになる。
  • イシドロに助けられたところでヨアヒムと再会、殺されかかったヨアヒムは即座に邪教徒狩りを呼び、今度はアルビオンの拷問所に連れていかれる。
  • キャスカが拷問に連れて行かれるのを黙って見ていて、「自分の事しか考えないそういう卑劣な奴、おれ許せない」とヤットコさん(仮名)に言われて、拷問に連れて行かれる。
  • 勇気を振り絞って拷問に耐え、少しでもキャスカを守ろうと決意するが、拷問所の惨状を見て瞬時に決意が瓦解。爪一枚剥がす前に全て白状する。
  • さらに助けに来たルカとジェロームが「キャスカがどこに居るか」と聞くと反射的に「知らない」と答えようとする。
  • 塔から落ちそうになるルカの手を取る。極限事態にもかかわらず、ルカと自分の立場の逆転にほくそ笑む。
  • しかし、そのルカ姉さんは、他の者を早く逃がすために手を放される。それまでに自分と全く逆の行動を取られる。

大雑把に述べるとこんな感じですが、細かい場面場面でも、細か〜く情けなく行動してくれています。他に、たまごっちさん(仮名)に、かなりボロクソの批評を受けていたりしています(笑)
それと、これが重要なんですが、彼女はこれだけミスチョイスを犯しているにもかかわらず、かなりの運の良さで再三救われ助かっている。「ベルセルク」でこんなにも加護を受けたキャラは珍しいですよね?
とにかく中途半端な決意がさらに悪い結果を生むという、見事なまでのダメダメ人生!特に何とかルカ姉さんの役に立てた、と喜んだところで、手を放されてしまうシーンはかなり泣けます。「今、わたしがこの手を放したら…」と暗い喜び方をしていますが、あれでようやく立場対等なんだよねぇ。でも、手を放される(笑)ルカ姉さんだって絶対手を放して欲しくないと思っていたのに、彼女は“みんなを助けるために手を放す”(笑)

…と、かなり笑いものにしていますが、僕がこの断罪編の中で一番共感を呼ぶのはニーナに間違いありません。僕も、拷問と言えば爪一枚、指先一本も耐えられない人間なので、心象の部分でも他のキャラに比してかなり重なる部分が多いです。
はっきり言って本来、こういうダメ人間は「ベルセルク」の中では真っ先に“断罪”されてしまうのですが、ニーナはそういう結末を迎えていません。
怪異ドロドロを前に樽の中に放り込まれるという、物理的に助かる行動・努力は、やっぱりルカ姉さんまかせで、自分は“立派におっかながってみせる”という本性そのものをさらけだすだけのニーナなんですが、このニーナの行為は物語において許され、肯定されている。

ラストで、少しでも強く生きる事を決意し、ヨアヒムと一緒にルカ姉さんの元を離れますが、これだけダメダメをやらかして来たニーナの決意は正しいとも、固いとも言えず、三日後には再び、ルカ姉さんに泣きついて来る可能性大という状況には思える(笑)にもかかわらず、その演出を見る限り彼女は(作者に)許され、あるいは“断罪”を終えている。
ベルセルク』ってのは、本来こういうダメダメ人に優しくない作品だったはずです。ダメダメ人?いや、普通に生きている人まで容赦なしの作品でした。ガッツは復讐が最優先の人間で、他人がどうなろうと知ったこっちゃなく、その巻き添えをくって死ぬのは弱いからで、弱い奴が悪い!
…そういう物語のはずだったんですが…どうしたんでしょうねえ。

ここでちょっと、ニーナの系譜を遡ってみましょう。まず「生誕祭の章」の前の「ロスト・チルドレンの章」の主人公(とも言える)ジル。これは何となく分かってもらえると思います。あるいは聖鉄鎖騎士団のファルネーゼさんも、これに入るかもしれません。
何を以って系譜と言っているかというと、元々は“普通に弱い”人たちだったのが、ガッツに(あるいはガッツの世界に)“普通に弱い”のではダメだ!と思い知らされてしまう人たち、といえばいいのでしょうか…?…(汗汗汗)…続けます。
これを、どんどん遡って行きます、すると系譜の原点みたいな人に当たります。この人です!(↓)

え?強引ですか?う〜ん、ちょっと強引かなあ?じゃあ、「欲望の守護天使」の編に登場する伯爵(使徒)の娘・テレジアとか?彼女は、城下では地獄の惨状が展開されているにもかかわらず、ヌクヌクと伯爵の愛情を受けつづけ、優しい娘のままでいた事を“断罪”され、ガッツに対し激しい復讐心を抱くことで、許されている。もっと言えばガッツと同じ人間になる事を強要されている。
それがニーナの頃になると、ほとんど“このままでいい”といってもいいような許され方をしている。少なくとも僕はそういう物語の方向性に変化を感じずにはいられなかったです。
う〜ん、やっぱり変わったと思いますよ?
何が変わったのか?
作者が変わった。
それでは、作品論へ!

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2002/01/02
整形/修正 2011/11/12

  1. モズグス様フォーエヴァー 序文
  2. モズグス様フォーエヴァー モズグス様言行録
  3. モズグス様フォーエヴァー ルカとジェローム
  4. モズグス様フォーエヴァー ニーナの冒険
  5. モズグス様フォーエヴァー そして、作品論へ