私の愛した悪役たち VOL.7

第61回 ポポーニャ(来るべき世界)

僕は手塚治虫先生の最高傑作は『来るべき世界』だと思っている。手塚先生の作品を全て読破したワケではないけれど、それほどこの『来るべき世界』はストーリー、キャラクター、テーマにおいて圧倒的完成度を誇っていると思う。
核実験の影響による突然変異で誕生した新人類「フウムーン」。彼らは地球の生物を全て死滅させる“暗黒ガス”の接近を一早く察知し、人間を含めた全ての生物種を保護するために、選別した者たちを脱出宇宙船に乗せる計画を進めていた。しかし人間たちはその危機にも気がつかずに、ちょっとしたイザコザからの戦争を繰り返している、というストーリー。

アセチレン・ランプという男がいる。彼はルンペンという理由で公正な裁判を受けさせてもらえなかった。そのことが尾を引くかのように、後半ではかなりの資産家として再登場し、たった一台残った人間の脱出宇宙船を奪って逃げ、あくまでみっともなく見苦しく最期を遂げる。
「ロック」という少年がいる。最初は新聞記者を目指す、素直で明るい少年だったが不幸な事件で人生を狂わし、何も知らずにスター国のスパイとして教育されてウラン連邦に潜入する。そこで捕まり、牢屋の中で何もすることができない“鳥かごの刑”を受け、すっかり心を壊され、笑わない少年になって物語が終わるまでこれは変る事がなかった。
他にも破滅の瞬間までピアノを弾くことをやめなかった和田さん。フウムーンを神と信じきって宇宙船に収容されたユモレンスク村の人々。そして、戦争を起こした高官たち、レドノフやノタアリンは娘や息子を心から愛すると同時に、赤の他人には非情な人間として描かれ、とにかくあらゆる種類の人間が登場して滅亡へのカウント・ダウンの中、物語を編んで行くのだ。これが1951年作品だというのだから手塚先生の天才性には驚嘆する他無い。

その群像の中で、僕がひときわ心魅かれ、印象に残る少女がいる。ウラン連邦の科学省長官ウイスキーの娘にして、死刑より厳しいと言われる太陽爆弾地下工場の工場長“ポポーニャ”である。
強制労働所である工場内を力で支配し、ロック少年に冷酷な“鳥かごの刑”を下したのもこのポポーニャだ。ポポーニャは物語の中で、もう一人のヒロインであるココアと瓜二つのソックリさんとして扱われているが、実はこれがビックリするほど似てない!
「来るべき世界」最大の謎といってもいいだろう(笑)だいたいココアはタレ目だけど、ポポーニャはどっちかというとツリ目じゃないか。僕はいかにも“テヅカテヅカ”したココアよりも、スッキリかっこいいポポーニャの方がはるかに好みだ…って何を言ってるのでしょう?
ま、まあ、いつも毅然とした態度を崩さず仕事をこなし、婚約者のイワンにちょっぴり甘いとこがかわいいポポーニャなのだが、何でそんなに印象に残っているのかというと、彼女は新人類フウムーンの科学力に感動して自ら望んでフウムーンの家畜になってしまうからだ。フウムーンも優秀な人間であるポポーニャを受け入れる。驚愕してふるえる婚約者のイワンや泣いて引き止めるココアを背に、ポポーニャは振り返りもせずにフウムーンの元へ行ってしまう。
そして破滅のとき、フウムーンの宇宙船団が飛び立って行くのを呆然と見守るケン一くんの「あの中には何も知らぬユモレンスクの村人たちが嬉々として乗っているのだろう。そしてポポーニャが忠実な奴隷になって研究にひたっているだろう…」というセリフが忘れられない。
どこかで僕は親も、恋人も、何もかも捨てて行ってしまえるポポーニャに憧れているのだと思う。僕だってフウムーンが人類の知性をはるかに超越したマンガやアニメを製作していたら、何のためらいもなくフウムーンの家畜に…っておい。なんか話のレベルがガタンッと落ちてるぞ!

1999/7/14
整形 2012/01/12