私の愛した悪役たち VOL.7

第62回 八木少将(狂四郎2030)

徳弘正也先生が『WRESTLING WITH もも子』を終了した時、その単行本で「もう俺は少年マンガじゃだめだ」と、とても悲しいことを書かれて少年ジャンプを去っていった。
徳弘先生は元々下ネタギャグを描かせたら逸品の人だったが「ジャングルの王者ターちゃん」の終わり頃から尻上がりにストーリーテラーとしての才能が磨かれて行き、当時ジャンプ作家としては数少ない晩成型の円熟作家となりつつあった……と僕は思っている。
しかし『WRESTLING WITH もも子』も作品としてかなりの完成度を示しつつも打ち切りに終ってしまう。徳弘先生の描く下品なギャグも、下品な絵も、新時代のジャンプにはそぐわぬものとなってしまっていたのだ。そして徳弘先生はスーパージャンプに移った。そのことを僕はひどく感傷的に受けとめていた。何より「もう少年誌じゃだめだ」という先生の言葉に胸が締めつけられる思いがしたのだ。

しかし、そんなしめっぽく考えることなあああああんにも!無かったんだよなあ!青年誌に移られた先生は下品でいやらしいマンガを元気一杯に描いていた!それが『狂四郎2030』だ!
第三次世界大戦終了後、日本は男女隔離政策を施行し、多くの男女はバーチャマシンによって性欲のみを満たす世界。そんな中、逆にインターネットによって心のつながりのみを持つ夫婦・狂四郎とユリカ。狂四郎はユリカに会うため国の政策に逆らってユリカに会いに行く!というストーリー。そのユリカに想いを寄せながら、異常とも言える愛し方をし、やがて狂四郎の存在を知って彼を殺しに向かうのが“八木少将”である。

遺伝子工学で完璧な人間となるように造り上げられた、いわば人造人間で、前の大戦で“予定通り”の大功を挙げて少将となり、ユリカのいる北海道の地下都市に君臨している。はじめは完璧な人間として紳士的に近づいてきた八木だが、人から愛されたことがなく人の愛し方を知らない八木は次第に異常な本性をさらけ出して行き、やがてユリカに化け物のように思われて毛嫌いされるが、それでもユリカを愛することをやめられない。
この八木がよかった。とにかく両極端!ユリカも汚物のように忌み嫌ったり、ふっと人間を感じて心を許したり何かと忙しい(笑)でもユリカが自分を地下都市脱出のために利用しただけと知ったら、突然牙をむき出し散々ユリカを陵辱した挙句に、群がる狂人たちの中に全裸で放り込んでしまう…で、周りを皆殺しにしてそれを助け出して「ごめんよユリカ、でも明日から君は八木ユリカだ(わーい)」ときたもんだ(笑)

ここで八木はもう完全に“ついていけない”『悪役』として狂四郎を殺しに行くわけだが、その戦いに敗れた時、ユリカの前に録画VTRで現れる。「君がこれを見ているということは、僕が狂四郎に負けったってことだね。君の狂四郎は大した奴だね」そして遺伝子操作のために自分が“異常な何か”であることを分っていたことを告げて「今までごめんなさい」とユリカに手をついて謝る。ユリカに教わった人への謝り方を実践して。
あそこまで酷いことやっておいて今更「実はいい人でした」なんてそんなの通用するかああ!?…通用しました。少なくとも僕は泣けました。そして八木がさらに悪い部分を押しつけた自分の中に棲みついた“もう一人の八木”も好きだ。首を斬られても生きている遺伝子操作の怪物である自分に慄然としながらも「まあいい、これもまた進化だ」というセリフを悲しく吐き出したのは、きっと“もう一人の八木”の方に違いない。

1999/8/29
整形 2012/01/29